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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)7618号 判決

原告

酒井美智也

ほか一名

被告

山口運送有限会社

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告酒井美智也に対し、一二一八万八七六九円及びこれに対する平成七年四月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告酒井咲恵子に対し、一一六三万八七六九円及びこれに対する平成七年四月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの、その余を被告らの負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、各自、原告酒井美智也に対し二三八四万六八三五円及びこれに対する平成七年四月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告酒井咲恵子に対し二二八四万六八三五円及びこれに対する平成七年四月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、酒井登美子(以下「登美子」という。)が自動車を運転中、被告山口運送有限会社(以下「被告会社」という。)が所有し、被告藤岡正志(以下「被告藤岡」という。)が運転する自動車に衝突され死亡したとして、登美子の相続人である原告らが、被告会社に対しては自動車損害賠償保障法三条に基づき、被告藤岡に対しては民法七〇九条に基づき、損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等

以下の事実のうち、1、3は当事者間に争いがなく、2は乙第一、第二号証及び弁論の全趣旨により、4は甲第七号証によりそれぞれ認めることができる。

1  被告藤岡は、平成七年四月二一日午前四時五五分ころ、普通貨物自動車(滋賀一一い四三〇八、以下「被告車両」という。)を運転して兵庫県多紀郡丹南町東吹六二の二の信号機により交通整理の行われていない交差点(以下「本件交差点」という。)を通過するにあたり、交差する狭路から本件交差点に進入してきた登美子の運転する普通貨物自動車(神戸四〇ぬ五七五六、以下「登美子車両」という。)に被告車両を衝突させ、登美子を死亡させた。

2  本件事故は、被告藤岡が、登美子車両が本件交差点に進入しようとしているのに気づいていながら、制限速度を超過したまま漫然と本件交差点に進入しようとした過失により発生したものである。

3  被告会社は、本件事故当時、被告車両を所有して自己のために運行の用に供していた。

4  登美子死亡当時、原告酒井美智也(以下「原告美智也」という。)、原告酒井咲恵子(以下「原告咲恵子」という。)は、いずれもその子であつた。

二  争点

被告は、原告らの損害額について争うほか、本件事故の発生には登美子に八割の過失があるとして過失相殺を主張する。

第三当裁判所の判断

一  原告らは、登美子が死亡したことにより、登美子に生じた後記1についての被告らに対する損害賠償請求権を相続分に従い二分の一ずつの割合で相続したほか、原告美智也は、後記2の損害を受けたものと認められる。

1  登美子の損害

(一) 逸失利益 二〇三五万五〇七六円(請求二〇六二万三七七〇円)

1 甲第七号証、第九号証及び弁論の全趣旨によれば、登美子は、本件事故当時健康な六一歳の女子であり、原告咲恵子と二人で暮らしていたが、原告咲恵子が働きに出ていたため主として日常の家事労働に従事する傍ら、田畑を耕作し農業収入として平成五年には三四万二六二四円を取得していたことが認められる。ところで、厚生省大臣官房統計情報部編・平成六年簡易生命表によれば、六一歳女子の平均余命は二四・四五歳であるから、登美子は、本件事故に遭わなければ少なくともあと二四年間は生存し、右期間の少なくとも半分の一二年間は賃金センサス平成六年産業計・企業規模計・学歴計・年齢六〇ないし六四歳の女子労働者の平均年収額である三〇一万二八〇〇円を取得することができたものと認められる。そこで、右金額より登美子の生活費として三割を控除し、右期間に相当する年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式により控除すると、右損害の本件事故時の現価は一九四三万四〇六六円となる(円未満切捨て、以下同じ。)。

計算式

3,012,800×(1-0.3)×9.215=19,434,066

2  次に、甲第六号証の一によれば、登美子は、本件事故当時、老齢厚生年金として年額二九万七一〇〇円の支給を受けていたが、本件事故によりこれを得ることができなくなつたことが認められるところ、前記のとおり、登美子は、本件事故に遭わなければ少なくともあと二四年間は生存し、右期間中右金額の年金を取得することができたものと認められる。そこで、右金額より登美子の生活費として八割を控除し、右期間に相当する年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式により控除すると、右損害の本件事故時の現価は九二万一〇一〇円となる。

計算式 297,100×(1-0.8)×15.500=921,010

これに対し、甲第六号証の二によれば、登美子は、本件事故当時、遺族厚生年金として年額二五万九九〇〇円の支給を受けていたことが認められるが、遺族厚生年金は、受給者の死亡により更にその遺族に受給権が認められるものではなく、また、受給者の生存中であつても受給権が消滅する場合がありうることに照らすと、受給者の生活保障的な性格が強く、また、その存続にも不確実性が伴うものであるから、受給者が死亡したことによつてその支給を受けられなくなつたとしても、これをもつて逸失利益と認めることはできないというべきである。

3  そこで、右各損害の合計は、二〇三五万五〇七六円となる。

(二) 車両損害 〇円(請求六万円)

乙第一号証及び弁論の全趣旨によれば、登美子車両は本件事故により全損となつたことが認められる。ところで、甲第三号証には、登美子車両の時価額を新車の一割位として六万円とする記載があるが、甲第四号証によれば、登美子車両は初度登録が昭和五八年の軽自動車であることが認められ、その時価は本件事故当時既に相当低下していたことが明らかであるところ、その残存価格または再調達価格を確定するに足りる証拠はないから、車両損害に関する原告らの主張は理由がない。

(三) 慰藉料 二二〇〇万円(請求どおり)

本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、登美子が本件事故によつて受けた精神的苦痛を慰藉するためには、二二〇〇万円の慰藉料をもつてするのが相当である。

2  原告美智也の損害

弁論の全趣旨によれば、原告美智也は、登美子の葬儀を行い、そのための費用として一〇〇万円を支出したものと認められる。

二  乙第一、第二号証及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  本件交差点は、道路幅員七・五メートルで片側各一車線、その北側に幅員二・六メートルの歩道の設置された東西道路と、幅員三・六メートルの歩車道の区別のない南北道路とが交差する交差点であり、東西道路は制限速度が時速五〇キロメートルと指定され、その中央部には白色破線表示による中央線が本件交差点内を含めて引かれており、南北道路の本件交差点手前には一時停止標識が設置されている。東西道路及び南北道路はいずれも直線であり、周囲に建築物等はなく相互の見通しはよい。

2  被告藤岡は、本件事故当時、被告車両を運転して前記東西道路を東から西へ向けて進行していたが、本件交差点の手前約七九・三メートルの位置で本件交差点の南側から南北道路を登美子車両が走行して来るのを発見し、注意を促すためパツシングをしたものの、登美子車両が停止しなかつたため、本件交差点の手前約二四・七メートルの位置でブレーキをかけたが間に合わず、本件交差点を南から東へ右折進行中であつた登美子車両の前部右側に被告車両の前部右側を衝突させ、被告車両は、登美子車両を押し続けたままの状態で約五六・七メートル走行して停止した。

3  被告車両は、車両重量が四七五〇キログラムで、更に本件事故当時約一トンの電柱を積載していた。一方、登美子車両は、車両重量が六〇〇キログラムであり、本件事故当時積載物はなかつた。

4  本件事故現場の路面には、本件交差点内の東西道路の東行車線内から西方へ向けて登美子車両によるタイヤにじり痕二条、コーナリング痕一条が印象されており、左前タイヤにじり痕は長さ五四・〇メートル、右前タイヤにじり痕は途中の一部消えており合計長さ四六・六メートル、後輪によるものと推定されるコーナリング痕は長さ三四・二メートルであつた。なお、本件事故現場には、被告車両によるブレーキ痕等は残つていなかつた。

右事実によると、被告車両は登美子車両の一〇倍近い重量があつたにもかかわらず、登美子車両との衝突後も登美子車両を押し続けたままの状態で約五六・七メートル走行しており、乙第二号証には、被告車両の衝突後の走行距離が長いのは、被告藤岡の認識としては衝突時のシヨツクにより被告車両のブレーキがゆるんでしまつたためである、被告車両は時速八〇キロメートル以上の速度になるとスピードメーターの赤ランプが点灯するようになつているが、本件事故当時はこのランプは点灯していなかつたとの記載があることを考慮しても、被告車両は少なくとも時速八〇キロメートルに近い速度で走行していたものと推認される。そして、被告藤岡は、本件交差点の手前約七九・三メートルの位置で既に登美子車両の存在に気づいていたのに、その後も危険を感じブレーキをかけるまでの間特に減速することなく進行していたことも認められる。しかし、登美子は、本件交差点の手前には一時停止の標識が設置されているうえ、東西道路は南北道路に比して明らかに広い道路であり、南北道路の車両の有無及びその動静に一層注意すべきであつたのにこれを怠り本件事故に遭つたものと認められるから、右のような状況のもとでは、本件事故の発生には登美子にも五割を下らない過失があつたものと認めるのが相当である。

三  以上によれば、原告美智也の損害は二二一七万七五三八円、原告咲恵子の損害は二一一七万七五三八円となるところ、登美子には前記のとおりの過失があるので、右の各金額から過失相殺として五割を控除すると、残額は原告美智也は一一〇八万八七六九円、原告咲恵子は一〇五八万八七六九円となる。

本件の性格及び認容額に照らすと、弁護士費用は、原告美智也につき一一〇万円、原告咲恵子につき一〇五万円とするのが相当であるから、結局、被告らの各自に対し、原告美智也は一二一八万八七六九円及びこれに対する本件事故の日より後の日である平成七年四月二二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を、原告咲恵子は一一六三万八七六九円及びこれに対する右と同様の遅延損害金の支払を求めることができる。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 濱口浩)

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